第1話「doute-ドゥート-」


-この世の全てを欲している訳ではない。何かをただ壊したい訳でもない。ただ私はあなたたちと笑っていたかった…-

 

喧騒の中、存在を認識されない私は一人佇んでいる。一体ここはどこなのだろう。夢だという事はわかっている。もう何度も同じものを見たから。

なぜ毎回こんな夢を見るのかもわからない。争いがおき、砂埃や血しぶきが飛び交う中私はただただ歩き続けている。

そして必ずたどり着く。気高そうな金髪の女性がいる場所へ。そしてその人の瞳が怒りと悲しみによって真紅に染まっていく姿を最後まで見届けられずこの世界から呼び戻される。

「ミフユ様、おはようございます。朝食の用意ができました」

赤髪の侍女服を着た女性がベットの上で気だるそうにしている主に声をかける。

「あぁ…ありがとう。おはよう。ロゼッタ」

「今日は珍しく朝の鍛錬はお休みになられたのですね」

「えぇ、ちょっと昨日もパパがやり残した仕事片付けて遅くなってしまってね」

「言っていただけたら手伝いましたのに」

「いいのよ、ロゼも色々と忙しいでしょ。私が夜、声をかけない時くらいゆっくり休みなさい」

「ミ…ミフユ様…」

何故か頬を赤らめる赤髪のメイド『ロゼッタ』。

そしてそんなロゼッタの表情を見てニヤニヤと意地悪そうに笑っている金髪の女性こそがロゼッタの主でありここ『レグルス王国』の第一王女の『ミフユ=レグルス=キサラギ』である。

着がえを終えたミフユはロゼッタに髪を整えてもらい部屋を共に出て食堂へと向かう。

するとその道中何やら騒がしい声が中庭から聞こえてくる。

「違うわい!!そこはシュッじゃなくてビュン!!」

「え?こう?」

「ちがーう!!」

「ひー!!」

何やら騒々しい。ミフユとロゼッタはその輪の中に声をかけにいく。

「あら、ルン。またスーちゃんに怒られてるの?」

ケタケタと笑いながらミフユはミフユとは少し毛色の違う綺麗な金髪の少女に話しかける。

「おねーさまぁ!!おはよぉぉぉ!!」

「うん、おはよう」

笑顔で抱きしめあう二人。そう、この二人は姉妹で、ルンと呼ばれる少女こそこの国の第二王女『ルン=レグルス=キサラギ』である。

少し歳の離れた妹のルンをミフユは大変可愛がっており、とても仲の良い姉妹である。

しかし大人びていて豊満で抜群なスタイルの姉と違って妹は年齢の割にちんちくりんなので初見ではあまり姉妹にみられないのである。

ただ二人と長く接していくと雰囲気や性格など似ているところも多々あるのでやはり姉妹だな。と言われる事も多いのだがミフユはそれが嬉しいらしい。

「皆様、朝食の時間なのでそろそろ向かいましょう」

姉妹の仲睦まじいふれ合いを見ながらロゼッタが笑顔で皆にそう伝えると

「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇい!!」

先ほどから空中をふよふよ飛んでいるそれなりに小さい蒼い鳥のような何かが大声をあげる。

「何よスーちゃんいきなり」

「何よスーちゃん…じゃなぁぁぁぁぁぁい!!なんで俺様だけ紹介なく終わらそうとしてるんじゃぁぁぁぁぁ!!」

「紹介??なんの話よ」

ミフユは何を言ってるんだこの鳥はという怪訝な顔で言い放つが蒼い物体はお構いなしにどこかに向かって叫びはじめる。

「よく聞けお前ら!!俺様の名前は『スティンガー』だ!!そう、皆と姿形違うし喋る鳥で怪しいよな?って誰が鳥じゃ!!・・・まぁそれはさておき何を隠そうこの俺様、なななんと魔族なんですよねー!!ひゃーすごーい!!しかもただの魔族じゃないんだぜ!!結構上位な魔族ちゃんなのよ!!わかる?このすごさ!!

この国の王様に召喚されてここにいるんだけど、まぁ俺ちょーすごい魔族だから?真の姿隠してるわけよ?だから普段こんな鳥みたいな姿なのよ!!・・・って誰が鳥じゃ!!…まぁ今は訳あってこのミフユの使い魔やってる訳なんですけど・・・」

「さっ皆ご飯いきましょー」

「はーい!!」

「ってちょと待てー!!俺も行くー!!」

スティンガーを無視して食堂へ向かおうとする4人を追う使い魔スティンガーであった。

 

 

皆での朝食を済ました後ミフユは執務室で仕事に取り掛かる。仕事と言っても色々な報告書に目を通すだけなので特に苦労はないのだが、なにか違和感があった場合すぐに対処しなければ後に大事になる可能性もあるのでおろそかにはできない。

本来国王である父がやるべき事なのだがこういう仕事は全くやらないのでミフユとミフユの幼馴染であり補佐役の『ハルカ=アマカセ』がほとんどの仕事をこなしている。

「ふぅ…とりあえず今あがっている報告書はこれくらいか…こっちは特に何もなかったけどハルカの方は?」

「んー?…まぁ特にないかな」

書類をトントン整理し、眼鏡のズレを直しながらそう答える彼女がハルカである。

ミフユとは年齢も一緒で産まれた月も一緒で物心ついた時には一緒にいる存在である。それ故本人たちには仲のいい友人というような意識があまりもてないらしく、小さい時から周りの大人たちに仲が良いねと言われても何かしっくりこないらしい。気づいたら一緒に遊んでてそれが今もずっと続いてるだけという感じらしい。

とはいえお互いの性格は熟知しているので二人でやる仕事は効率的にこなす事ができる。1から10を説明しなくてもハルカは理解するので、ミフユとしては助かっている。

「そういえば騎士団はまだ調査から戻ってきてないのよね?」

不意に思い出したかのようにミフユがハルカに問いかける。

「うん、まだ帰ってきてないね。帰ってきてたら団長様は真っ先にミフユのとこ報告にくるでしょ」

「まぁそうか。モノさんだもんね」

「けど、今回の調査割と長いね。もう何日?」

「うーん…たぶん1週間くらいはたってるかしら」

「そっか。でも今回は事が事だから細かく調査してるんだろうね」

「そうね…魔獣の数が増加、しかもそれが凶暴化してるっていうのだから穏やかじゃないわね」

魔獣とはこの世界においての害悪。

遥か昔に人間と魔族が共存していた時代があった。魔族は自ら魔界の扉を開き、こちらの世界に足を踏み入れ、人間たちに知恵を与えてくれた。

しかし人間の強すぎる欲によって争いがはじまり魔族はそんな人間に呆れ、魔界に帰りその扉を閉じてしまった。

人間界に残った魔族もいたのだが、その中には程度の低い魔族もいた。弱肉強食の魔界で生きていく事が難しいと思い人間界で身をひそめ生きていこうと思ったのではと言われている。

そんな最下級の魔族が生きていくために人間界に住む動物、そして人間を食らっていった。そして次第に自我を失いただ得物を食らうだけの獣になってしまった。

なぜ自我を失ってしまったのかは諸説あり、未だにはっきりとはしていない。

獣化した魔族を人々は魔獣と呼んでいるが、ただの獣とは違い魔力が備わっているので厄介である。年々諸国の対策、魔獣討伐ギルドなどの設立によって数は減ってきてはいるのだが、ここへきて急激な増加とさらには凶暴化しているという噂があるという報告があり、ここレグルス王国でも調査を行う事にしたのだ。

「もー。なんで魔族はこんな厄介なものこっちに残していったのよー」

「そうは言ってもその原因をつくったのは私たち人間だっていうのだからどうしようもないわね」

二人はそう言いながらため息をつく。

「スーちゃんも自称上級魔族のくせに魔獣の事はなんもわからん専門外だ!!って言うし…」

「使えないわね、あの鳥」

ハルカが皮肉たっぷりにそう言うと・・・

「誰が使えない鳥だー!!」

叫びながら勢いよく扉をあけ入ってくる蒼い鳥スティンガー。

「おじいちゃん待ってー!!」

そしてその後ろを走って追いかけてくるルン。

おじいちゃんとは使い魔スティンガーの事である。なぜおじいちゃんと呼ばれているかというとこんなやり取りがあったらしい・・・

 

まだルンが幼い頃、使い魔スティンガーにこんな質問をした。

「とりさんはおいくつなのぉ??」

お子様がする普通の質問に使い魔スティンガーはこう答えた。

「ふふふ、聞いて驚くな。俺様はこう見えてお前たち人間でいうと100歳は超えているんだぜっ!!」

ドヤ顔で魔族の凄さを見せつけようとしたが・・・

「ほぇー!!じゃあおじいさんなんだね!!だからねるのもはやいんだー!!おじいちゃんだね!!」

「・・・・・え?」

 

と、この日からスティンガーはルンからおじいちゃんと呼ばれ、面白がる周りの人たちからもそう呼ばれる羽目になったのだ。

「使えないおじいちゃん急に入ってきてどうしたの」

ハルカが面倒くさそうにスティンガーに投げかける。

「よーしてめぇ赤眼鏡、いい度胸だ!!やってやろうじゃねぇか!!」

「あーはいはい、で、スーちゃんどうしたの??」

更に面倒になる前にミフユは静止し、スティンガーに要件を聞く。

「あぁ、そうそう。モノさんたち帰ってきましたぜ。ポンコツメイドが手が離せないので呼んで来いって俺様をパシリにつかいやがって…ぶつぶつ…」

その言葉を聞いたミフユとハルカが顔を見合わせる。

帰還した騎士団の事をミフユに報告しにこれないくらい手が離せないという事は何かあったという事。

ミフユたちは急いで騎士団たちのところまで向かうのであった。

 


冷静さを保ちつつ早歩きで騎士団のもとへ向かうミフユたちだが、広間へ向かうにつれて血と薬品の匂いがかすかに漂ってきてミフユの鼓動は少し早くなる。

そして広間についた時、目の前に広がった光景を見たミフユは動揺した。

レグルス王国の騎士団といえば血の気が多く武闘派集団で有名であった。その屈強な騎士たちが傷だらけで従者たちから手当てを受けている。

かつてこんな光景を見た事があっただろうか。ミフユは記憶の中をたどってみても見当たらない。

動揺しつつも冷静であろうと努力をし、一人の男性を見つけ声をかける。

「モノさん」

「ミフユ様、申訳ありません。ただ今戻りました」

このモノさんと呼ばれた銀髪の褐色肌の男性こそがこの国の騎士団長であり執事長であり王女姉妹のお世話係の『モーゼス=ノーランズ=キルガーロン』である。

この国の現国王からある事があり、略称で『モノズキ』と呼ばれている事から皆からはモノさんと呼ばれている。

いつもは笑顔で優しいこのスーパー執事も今は流石に表情が険しい。

「死者は?」

ミフユも険しい顔でそう問いかける。

「幸いにも死者はいません」

その言葉を聞いて安堵のため息をする。

「そう、それはなによりだけども…とりあえず部屋で報告をうけるわ。モノさん手当は?」

「いえ、私はかすり傷程度なので」

剣士としての腕も一流なモーゼス。これだけの負傷者がいて死者がいなかったのは彼がいた事が大きかったのであろう。

ミフユは騎士団皆にねぎらいの言葉をかけ、その場の指揮をロゼッタに任せモーゼスとハルカとスティンガーをつれて先ほどもまでいた執務室へと戻る。

ルンは難しい話はあまり得意ではないのでロゼッタのもとで手当ての手伝いをしてもらっている。あぁ見えても癒しの魔法はかなり得意なのである。

執務室につき流石に疲労の色を隠しきれないモーゼスにハルカは一杯の水を渡す。

「ありがとうございます。ハルカ様」

少しだけいつもの笑顔に戻るモーゼスにミフユとハルカは少しだけほっとする。

「モノさん、お腹すいてるなら何か持ってこさせましょうか?」

「いえ、ミフユ様。大丈夫です。とりあえず報告をさせていただいた後にゆっくりと食事を楽しみます」

「そう、わかったわ。なら早速だけど、一体なにがあったの?」

単刀直入に聞くミフユに向き合いモーゼスは口を開く。

「まず結論から言いますと、あの噂は本当だと思います」

「やっぱり数が増え、凶暴化してたって事?」

「はい、ただ少し魔獣に違和感を感じました」

「違和感?」

ミフユとハルカは口を揃える。

「はい、魔獣のものだけではない…何か他の魔力を感じるといいますか…」

「他の魔力…でも皆あんなにボロボロになるなんてそんな凶暴化した魔獣は強かったの??見た目も何か変化あったり?」

「いえ、その違和感があり凶暴化してるであろう魔獣に関しては特に見た目の変化はなかったと思います」

「まぁあいつら元々最下級の魔族だから変化能力もないしなー。魔力あがったところで見た目かわらんだろ」

と、ぼそっとスティンガーが呟く。

最下級の魔族は中級以上の魔族と違って動物のような見た目のものがほとんどである。違いがあるとすれば四足歩行のものや二足歩行のもの、狼のような見た目や猫科のようなもの、中には猛禽類のようなものまでいる。

中級で、人型、それ以上になると人型から様々な姿へ変化できるようになる。スティンガーのように魔力を温存し、いざという時にだけ解放し、人型に戻るという魔族も多いのである。そう、スティンガーは人の姿になれるのだ。

「そうスティンガーは人の姿になれるのだ。というかそっちが本当の姿ね」

「何を言ってるのおじいちゃん」

独り言を言うスティンガーにつっこむハルカ。

そんなやりとりを見ながらひとつ咳払いをして話を戻すモーゼスはこう続けた。

「確かに違和感に満ち凶暴化した魔獣は力を増しても我々にとってはそこまでの脅威ではありませんでした…。ただ…」

「ただ?」

「レグルスの北の森の奥を調査中に一匹の狼型の魔獣と遭遇しました。その魔獣は特に凶暴化もしていなく、こちらを襲ってくる様子もなかったのでとりあえず辺りを調査しつつ観察をしていました。するとその魔獣が急に苦しみ出したのです」

苦しみだした?と聞くミフユに頷き、話を続ける。

「一体どうしたのかと思い、様子を見にいってみると…急に気性が荒くなり、こちらに襲い掛かってきたのです」

「まぁ魔獣だし急にそうなる事はあるわーな」

「しかし驚いたのはここからです。その魔獣の体がみるみるうちに巨大化していったのです」

その言葉に一同は目を丸くし驚く。

「おいおい、ちょっとまて。クソ下級魔族のなれの果ての魔獣が形状変化したっていうんすかモノさん」

「はい、目の前で…。筋肉は肥大し牙も鋭くなり木々を簡単になぎ倒すくらいの大きさになりましたね」

「嘘でしょ…それで…それを討伐できたの?」

ミフユが信じられないという様子でモーゼスに聞く。

「いえ、流石に私を含め騎士団の皆様も動揺していたのでまともな戦闘にはなりませんでしたね。死なないように立ち回るのが精いっぱいでした」

「じゃあその巨大化した魔獣はどうしたの??」

「はい、数時間なんとか攻撃を防ぎながら後退していたのですが、その魔獣が再び苦しみだし、そして糸が切れたように倒れこみ絶命しました」

「原因はわからんが行き過ぎた力に体がついていかなかったってオチか?」

「それも含め調べようと思ったのですが、近づいたところその魔獣の体は灰になり消えてしまいました」

「…そう」

とりあえず頭の中を整理するミフユ。今後の対処なども考えなければならない。というか国王である父の意見を聞きたい。

「そういえば獅子王様は?」

きっとモーゼスも同じ事を思ったのであろう。

「今日はママと街でデートですって。ディナーも外でするって言ってたわよ」

「左様ですか」

笑顔でそう答えるモーゼス。

数が日に日に増え凶暴化する魔獣、それだけでも色々と考えなければならないのに巨大化する魔獣まで現れた。一体何がどうなっているのか。そしてこんな時になぜ国王である父は母と呑気にデートなんてしているのだろうかという気持ちと仲良い二人を微笑ましく思う自分もいて深いため息をつくしかない王女ミフユであった。

 

 

 

蒼い鳥=おじいちゃん=スティンガー