第4話「女王爆誕!!」


かつて人間たちが神と崇める存在がこのレーヴェ大陸にもいた。

彼らは言葉を話し、人に言葉を教え、さまざまな知恵を人間たちに植え付けたという。

『竜神』。言葉を覚えた人々は巨大な竜の姿をした彼らをそう呼んでいた。

魔族が人間界に脚を踏み入れるまでは人間は竜たちを神と崇め奉り、特に争いもなく平穏に暮らしていた。

しかし平穏な一方で必要最低限の生きる知恵しか与えられなかった人々は進化や発展などはしていかなかったのだ。

人々も神への信仰心が強く、神が言うようにこのまま平穏に暮らしていくという事が正しいと思っていた。

しかしそれも魔族の介入によって崩れ去ったのだ。

突如世界に現れた次元の扉。その奥から人の姿であり、自分たちとはどこか違う見た目の者たちが現れたのだ。

当時の魔族達も人間界を侵略するという目的ではなく、未知なる世界への興味と探求心から訪れたと言われている。

人間と魔族の最初の接触は、魔界の王の「君たちの長と話がしたい」という言葉からだった。

その後魔界の王は当時人間たちを管理していた竜神の中のリーダー的存在だった者と話をする事になり、その会話から竜神の長は魔族に敵意はないとわかり、彼らを迎え入れる事にした。

魔族たちの能力を目前にした人間たちは興味を示し、心に何かが芽生えた。

最初は神が絶対の人間たちは新たなものに触れる事にためらったが、竜神の『新しい知識に触れ、学びなさい』という言葉に今まで抑え込んでいた何かが爆発し、森羅万象全ての事に興味を持ち始めた。

こうして魔族との親交を深め、さまざまな知識を得た人間だったが、例の事件が起きてしまう。

しかし竜神たちはこうなる事を知っていたようであった。

人々が様々なものに興味をもち、『個』を持てば必ず争いは起きると。だからこそ竜神たちは自ら生み出した者たちを争わせないために必要最低限の知識しか与えなかった。

人間と魔族の抗争の中、竜たちの間でも意見が割れた。

『こうなってしまった以上自らの手で人を滅ぼそうではないか』

『これも人の進化を故意的に止めてしまった我々の責任。行く末を見守るべきではないか』

などと様々な意見が飛び交った。

結局竜神たちも意見が最後まであわず、魔族に手を貸す者、その竜を止めるために人々の側につく者、そして成り行きを見守る者と分れた。

実はこのレーヴェ大陸全土を巻き込む抗争は人間や魔族だけではなく、竜たちも巻き込む戦いだったのだ。

そして人間、魔族、数体の竜神が犠牲になったが、この抗争もシェンヴィンターと魔王などの話し合いと抗争の発端となった一部の人間達の断罪などを条件に終止符をうつ。

魔族が魔界に姿を消したあと、生き残った4体の竜神はシェンヴィンターと何度も言葉を交わした。

シェンヴィンターは人々の発展のために大魔晶石を残すと宣言していたが、それはいずれ同じ争いを生むのではないかと竜神達は言うのだ。

しかし争いもまた進化や発展の過程であるとシェンヴィンターは言う。もちろん邪な考えを持った人間が生まれないに越した事はないのだがと付け加える。

最初はまた人間は我々が管理すると言っていた竜神たちであったが、徐々に彼女の言葉を聞き入れ、この人物なら任せていいのではという考えに変わっていった。

そしてシェンヴィンターは竜神達にこう告げた。

「このレーヴェ大陸の行く末は我々に任せてもらえないだろうか?そしてあなた達神にはそれを見守っていてほしい。そしてもしこのレーヴェ大陸が本当に危険になり、暗黒の世界を迎える事になった時はあなた達の手で全てを滅ぼしてほしい」

この言葉を放ったシェンヴィンターの力強い瞳を見た竜神たちは皆自然と頷いていた。

最後に私のわがままだが…と彼女は言う。

「この間の戦いで多くの命が散ってしまった。これは仕方のない事なのだが、少しでもいい。新たな命を生み出してはくれないだろうか?」

この願いに竜神たちは驚いた。そしていつの間にか笑いがこぼれた。

あれほど自分たちにまかせてほしいと啖呵を切ったのに、可愛らしく命を生み出せと神に言ってくる。なんて面白く、ずるい魔族だろうかと。

そしてそれを聞いた竜神たちはひとつの案を出した。

『我々がこのレーヴェ大陸の四方に新たに島を創ろう。そしてそこに我々は眠りにつく。その眠りについた我々を守護する者たちを生み出そう』

と。

その案にシェンヴィンターは「なるほど…大陸を離れ、様々な環境で育った者と外交をする…これも人の進化や発展につながるか」と思考する。

竜神たちの存在を認識しつつも人々は彼らに頼りきらないように竜たちが眠りにつくというのも納得だった。

そして幾多の話し合いの後、竜神達はレーヴェ大陸の東西南北に散り、島をつくった。

こうして生まれたのが東の島『桜花島』。西の島『神樹島』。南の島『炎流島』。北の島『白銀島』である。

ちなみにこの名前は封印された竜の名を模してシェンヴィンターが付けたものである。

こうして各地で新たな命を生み出した竜神たちは自らを封印するように眠りについたのであった。

そして長い年月が流れた今、レーヴェ大陸の中心であるレグルス王国は桜花島と神樹島と親交の深い関係になっていた。

残念ながら炎流島は現在人や動物たちは存在しておらず、マグマに覆われている。

白銀島は人々は生活してはいるのだが、現在外交などはしておらず鎖国をし、独自の研究などで発展し生活をしているらしいのだが、謎に包まれている。

このふたつの島についてはまた後日語るとしよう。

そして今日、桜花島と神樹島からレグルス王国に来客が訪れる。

そう、レグルス王国の新女王を祝うために。

 

日が昇る頃、サクラは自室の窓から外を眺めていた。

その表情はどこか憂いをおびていた。

そんな背中を眺めていた獅子王ゾマーグは我妻に優しく声をかける。

「どうした?サクラ」

その声を聞き、いつもの優しい微笑みに戻り振り返る。

「あなた…うん。ちょっとミフユちゃんの事をね…」

「あぁ、いよいよ今日か」

「うん、本当は喜ばしい事なのだけど…」

サクラは少し表情を曇らせる。

「あぁ、俺も本当にこれでよかったのかって思ってはいるよ。…ただ俺にはやらなければならない事がある」

「わかってます。そのためには多少早くてもミフユちゃんに跡を継いでもらったほうがいいのも」

「そうだな、もしこの俺が無事に帰ってくる事ができなかったらどの道ミフユがこの国の王となるんだ。だったらせめて俺からこの手で渡したい」

「あなた…そんな事言わないで…」

「もちろん簡単に死ぬつもりはないさ。でもな…」

「はい…私もそれは理解しています。でもあなたには無事でいてほしいの」

「すまんな…サクラ。しかしそれはお前も同じ事だ…俺と一緒に来るという事はお前にも危険が及ぶ…」

「はい、それも承知の上です」

「そうか…お前の事は絶対に守るよ。…側にいてくれた方が俺も心強い」

「あなた…」

その言葉を聞きサクラは再び昇る太陽に目を向ける。憂いの表情は我が娘たちの行く末の事だけではなく、最愛の人を想ってのものでもあった。

 

ほぼ同時刻、いよいよ戴冠式を迎える朝ミフユは自室のベッドで目を覚ます。

シエルたちが来てからというもの、毎晩のようにミフユの部屋でルンやロゼッタ、シエルと寝ている。

ベットは広いので4人くらいは余裕なのだが、なぜだが皆くっつきたがるのでちょっと息苦しかった。

ちなみにシエルと同日に到着したヴェルティアはハルカの部屋で寝ていた。なぜかハルカにべったりなヴェルティアで、ハルカも少し鬱陶しく感じてはいたが幼い一国の姫君のヴェルティアを無碍にもできずに面倒をみている。

自分に懐いている妹という感じでそこまで悪くはないようであった。

ミフユは目を覚ましたものの、シエルとルンから羽交い絞めにされていて身動きがとれなかったのだが、同じくルンの隣に寝ていたロゼッタが目を覚まし、上手く二人をはがしてくれた。

「大丈夫ですか?ミフユ様」

「うん、ありがとうロゼ。思いのほか二人の力強いし、無理に動かして起こしたくなかったから助かったわ」

そう言いながら未だにいい夢を見ているのか幸せそうな二人の寝顔を見ながらミフユは苦笑いを浮かべる。

「いえ、わたくしも気づくのが遅くなってしまい申訳ございませんでした」

ロゼッタのその発言に「いいのよ」とミフユは返し着がえ始める。

「ミフユ様、いよいよですわね」

自身の着替えもまだなのだが、ロゼッタはミフユの着替えを手伝いながらそう話す。

「えぇ、なんだかあまり実感はないわね」

「そうなのですか??」

「うん。…まぁたぶん今までも結構国王の仕事をパパの代わりにやってきたっていう事もあるだろうけど…戴冠式で実感でるのかしら??」

「わたくしにはわかりませんが…きっと王冠を授かったら何か変わるかもしれませんよ?」

「だといいけど。それで、今日のスケジュールは??」

着がえを終えたミフユはそう告げ、ロゼッタは近くの机にあった書類をミフユに渡す。

「こちらにまとめておきました」

「ありがと」

ふむふむ、と目を通すミフユであったか途中で渋い表情をして同じ個所を何度も読み返す。

「ねぇ、ロゼ…この戴冠式のあとのパーティ? お祭り? あるじゃない?」

「はい、ありますわね」

「その中の催し物で気になる文字があるのだけれど」

「えーっと…」

何かを察したロゼッタはミフユから目を逸らす。

「ロゼ…この『ミフユ様コンサート』って何? 私聞いてないのだけど?」

ミフユはロゼッタをじとーっとした目で見つめるとロゼッタは気まずそうに説明をし始める。

「いや、これは実はですね…ルン様の提案でして…」

「ルンの?」

「はい、ミフユ様が女王になった記念に歌を披露してもらおうと…。その提案にシエル様も賛同いたしまして…もの凄い勢いでモーゼス様たちに掛け合っていました」

困ったような表情でロゼッタはそう説明した。

「まったく…今から中止にできないの?」

「実はお二人で街中に結構宣伝して回っておりまして…皆様お楽しみになられてるようですわ」

「この子たち…最近昼間二人で出かけてると思ったら…」

観念したミフユは「まぁいいわ。やりましょう」と答え、寝ている二人に対してちょっとした仕返しのつもりでおでこを指ではじいてから部屋を後にした。

 

ロゼッタと毎朝の日課を終え、汗を洗い流したミフユたちはシェンヴィンター大聖堂の前でモーゼスたちと打ち合わせをしていた。

季節も穏やかな春という事で鮮やかな桜色が空を舞っていた。

このレーヴェ大陸には四季があるのだが、レグルス王国は春になると桜の花でいっぱいになる。

この桜の木はミフユの父ゾマーグがサクラと結婚する時に母と同じ名前の桜をとっても気にいり、サクラの故郷の桜花島からわけてもらい、運んで植えたのだ。

そんな桜の花を娘のミフユもルンも大好きで、二人とも春になると散歩の回数が増えるのである。

そして桜色につつまれたシェンヴィンター大聖堂には次々に来賓の客がミフユに会いに来ていた。

まずは桜花島『花の都キルシュバオム』の国主、『コテツ=キサラギ』。

「おぉ~ミフユ~!! 久しぶりじゃのぉ!!」

袴を着た大柄で豪胆な彼は両腕でミフユを抱え高い高いをする。そう、彼こそがサクラの父でありミフユとルンの祖父である。

「コテツおじい様、先月会ったばかりよ」

抱えられたミフユは笑顔で答える。

可愛い孫であるが故にいつまでたっても子供扱いで、こうやって会うたびにミフユやルンは高い高いをされる。年齢はかなり上だが、未だ尚筋肉は衰えず大木のような腕のコテツだからこそできる事である。ルンにいたっては空中に投げられるのである。

「モーゼスも、元気か?ちゃんと飯食ってんのか?」

「はい、コテツ様。お気遣いありがとうございます。コテツ様は?」

「俺ぁもうこの通りピンピンしておるわ!!」

「それは何よりです」

モーゼスはかつてキルシュバオムに仕えていたので、コテツはかつての主である。もちろん今でもレグルスの一族とは親戚という事もあるので尊敬の意を込めて主同様に接している。

「おじい様、お母さま達には??」

「おぉ、さっき城の方で会ってきたわい。ルンにも会ってきたぞ」

「そうですか」

「それよりミフユが国主にのぉ…このワシと肩を並べる日が来るとはの!! まぁ国の規模から言ったらお前のが立場は上か!! がっはっは!!」

「まだまだ私なんて未熟者です」

「まぁでもあのゾマーグの子でワシの孫じゃ。お前ならきっといい王様になるわ」

「そうなれるように奮闘いたします」

「いい笑顔だ!! さて、それじゃあワシは他のとこにも挨拶にいってくる。戴冠式楽しみにしてるぞ。モーゼスもまた後でな」

そう言いながらコテツは手を振りながらその場を後にする。そしてその背中に会釈をするミフユとモーゼス。

コテツが去ったので再び打ち合わせに戻ろうとしたが次なる客が訪れる。

「ミフユー!!」

ドドドドという音と共に駆け寄ってくる影。やがてその影はミフユに飛び込む…いや、最早突撃してくる。

ガバッ!! っととんでもない勢いで飛びついてきたが、ミフユも腕力には自信があるのと同時にもう慣れているのか重心を低くしてそれを受け止める。

「ルーチェ!! いらっしゃい!!」

「久しぶりだにゃ~!! すんすん…この匂いやっぱいいにゃ~」

「ありがと、もう慣れたとはいえ恥ずかしいけど」

ルーチェと呼ばれる女の子はミフユよりちょっと暗めの金髪でその頭から生えた自慢の獣の耳をピクピク動かしながらミフユの体に顔をこすりつける。

彼女は『獣人』と呼ばれる種族で、かつてこの世界には存在していなかった種族なのだが、神樹島を創った竜が生み出した神秘の種族である。

人の姿をしているのだが、動物のような耳や尻尾を生やし、身体能力なども動物特有のものと同じような能力を所有している。

現在獣人は神樹島で巨大な神樹を護るという使命をこなしているが、その神樹にはかつて島を創造した竜神が眠っているらしい。

獣人の種類も様々で主に肉食獣の獣人がほとんどである。このルーチェは虎のような耳や尻尾を持っている。

そんなルーチェがミフユの腕の中でゴロゴロニャーしてるとルーチェが走ってきた方向から野太い声がする。

「おい、ルーチェ!! 勝手に走って行くなと言っただろう!! 今日はいつもとは違うんだぞ!!」

「ぐっ…お兄ちゃんごめん~!! ミフユの匂いがしたら我慢できなくなったにゃ~」

「まったく…」

ルーチェが兄と呼ぶこの獣人の男性は神樹島の獣人たちをまとめる族長の『リヒト』である。

神樹島にある小さな王国『ロゥフロワイヨム』では正当な国主が他にいるのだが、その者は現在とある役割についており国にはおらず、代わりに代々このリヒトの家系が獣人族の族長として獣人たちをまとめているのだ。

「ミフユ、いつも妹がすまないな」

「いいのよ、リヒト。こういうのには慣れてるから」

「そう言ってくれるとありがたい。今日は大事な日だから無礼のないようにと言ったのだが…このお転婆妹め」

「ふふふ、お互い妹には色々苦労させられるわね」

「まったくだ。…それよりミフユ。おめでとう」

「うん、ありがとう。これから一緒にがんばりましょうね」

「あぁ、お前の父には俺も俺の父もだいぶ世話になったからな。困ったときはなんでも言ってくれ」

「ありがと。そっちもなんでも言ってね」

「…ねぇ話終わったー?」

そんな二人の会話に飽きていたルーチェがそう言うと更に

「終わったならミフユ遊ぶにゃー!!」

と元気よく誘うがそれも兄によって遮られる。

「遊ばんわ!! お前これから何があるかわかってるのか!? ミフユは忙しいんだ!! それに俺たちもまだまだ挨拶を色々せねばな…」

「ふ~ん…ミフユは忙しいのか。仕方ないにゃ。…あっ!! あっちにハルカがいるにゃ!! おーい!! ハルカー!! いつもみたいに撫でていいゾ!! ほれ撫でろ!!」

「おぃこら聞いているのかー!! …まったく…ではミフユ…また戴冠式でな。モーゼス殿もちゃんと挨拶できなくて申訳ない」

「かまいませんよ」

笑顔で答えるモーゼスに笑顔で返し会釈をするリヒトは妹を追いかけその場を去った。

「相変わらず面白い方々ですね」

「えぇそうね」

その後も挨拶にくる貴族などがいたが、それも止み、ようやく最後の打ち合わせも終える事ができたのであった。

 

すべての準備が整い、リハーサルも終え本番まであと少しという時間、ミフユは控室で純白のドレス姿で待機していた。

「なぁ、おい。やっぱりちょっと胸元露出高すぎやしないか??」

ゾマーグは我が娘のドレス姿を見てそう呟く。

「いいじゃない別に。私は私に似合うものを着るの!! 地味なのなんて嫌よ。本当はこの白いドレスも嫌だったのよ。なんか婚礼みたいだしさ」

「それは仕来りとかそういうのあるらしいから我慢しろって」

「だから我慢してるじゃないの」

これから戴冠式を控えてるのに少し言い合う親子。

コンコン。

そこへ来客がくる。レーヴェ大陸の女子ーズだ。

「お姉さま!! 綺麗!!」

「ありがとう、ルン」

「お姉さま、本当にお美しい…その姿で一度罵ってもらってもいいですか?」

「嫌よ」

「ありがとうございます!!」

「なんでよ…」

「ミフユしゃま。お綺麗ですわ」

「ヴェルもありがとう」

「ミフユちゃん。綺麗よ。きゃぴきゃぴ♪」

「・・・・なんでママも混ざってるの? それに何そのきゃぴきゃぴって」

「えーだってぇ~。ママも混ざりたかったんだもん~」

「はいはい、ありがとうね」

「きゃーおねーさまきれーまさに馬子にも衣装ー」

バキ!!

ルンの頭の上で喋ってた蒼い鳥が突如姿を消す。

「いてーな!! 何すんだ!! 褒めてただろ!!」

「どこが!! というかまだ鳥モードなの!! さっさと人型になりなさいよ!! 許可はとっくに出していたでしょ!!」

「えー…まじで俺も出席するのかよー…めんどくせぇなぁ」

そんな微笑ましい? 光景をモーゼスとロゼッタは笑顔で見守っている。

「ロゼッタ様はよろしいのですか? 加わらなくて」

「はい、いくらわたくしでも場を弁えておりますわ」

「おや、そうでしたか」

「それにわたくしはミフユ様の御着替えをお手伝いさせていただいたので…メイドの特権です」

「職権乱用ですね」

「はい♪」

ふふふと笑いあう執事とメイドである。

そこへハルカもやってくる。

「ミフユー…っと、なんか大勢いるわね。ミフユ、そろそろ時間だから準備してー。ほれ皆もそろそろ会場に入って着席して」

ハルカのその言葉に各々返事をし、ミフユに挨拶をして部屋を出ていく。

やがて部屋に残ったのは家族4人だった。いつもルンの頭の上にいるスティンガーも流石に空気を読んで退出した。

さきほどまで騒がしかったこの部屋が急に静かになる中、そっとゾマーグが口を開く。

「…まぁ…なんだ。すまなかったな。急にこんな感じになって」

父のその言葉にミフユは少し驚いた。

「なぁに? 急に改まって。っていうか今更じゃない」

「まぁそうなんだけどよ」

「パパにはやらないといけない事があるんでしょ?? だから安心して。この国は私とルンでなんとかするから」

「うんうん!!」

いつもはポンコツなルンであるが、ちゃんと空気は読める子ではある。ミフユのその言葉に力強く頷く。

「ミフユ…ルン。でかくなりやがって」

「なに? 泣いてるの??」

「泣いてねぇ!!」

「ママもパパと一緒に行くのよね?」

「うん、パパには私がいないとでしょ??」

「そうね…でもママは一人になっちゃだめよ…迷子になるんだから」

「はーい」

「まぁとりあえずこの話はまた今度にしようぜ。そろそろ時間だ。ミフユ先に行って待ってるからな。しっかりやれよ!!」

「パパもね」

「それじゃあミフユちゃん、頑張ってね!!」

「うん、ママ。見守ってて」

「もちろん」

「お姉さま…」

「どうしたの? ルン、そんな不安な顔して」

子供の頃からずっと一緒だった。ルンが生れてからはミフユはルンにべったりだった。そんな姉妹だ。お互いの気持ちや心情は大体わかる。

ミフユは今とてつもなく不安と寂しさでいっぱいだった。

憧れで国王として大好きだった父が退く事、もしかしたら両親はとんでもない事に巻き込まれようとしているのではないかという不安、自分に国王が務まるのかと…。

ルンはそれを感じとってミフユの手を握る。

ミフユの手を握ったルンの手も少し震えていた。それを感じたミフユはハッとなった。

何度も不安に思っては繰り返し思ってきた事。私は一人じゃない。皆がいるという事。そしてこの妹と共に頑張っていこうと。

ミフユはルンの手を強く握り返した。

「大丈夫よ。お姉ちゃんは無敵なんだから」

そして満面の笑みで伝えるのだった。そしてそれを見たルンも満面の笑みで「うん!!」と返した。

そんな二人を見つめるサクラはその瞳に涙をためていた。

ゾマーグも仮面の下には熱いものがこみ上げてきていたのであった。

 

シェンヴィンター大聖堂内の来賓の入場と準備が整い、いよいよ戴冠式が始まる時。ミフユはロゼッタに連れられて大聖堂の裏口から外へ出て建物の正面の扉まで向かう。

大聖堂の前には少しでも戴冠式の雰囲気を味わおうとたくさんの街の人がいて、一部の人がミフユを見つけ歓声をあげそうになるがミフユが口元に人差し指をあて

「しー」

と言うものだから皆そろって口元に手を押し当てて声を出さないようにしていた。

扉の前に到着したミフユにロゼッタが

「僭越ながらこのロゼッタ、現国主ゾマーグ様と大主教様の元へとご案内させていただきます」

と普段よりもかしこまった形でロゼッタがミフユに告げるものだからミフユも少し他人行儀に「よろしくお願いします」と返す。

ロゼッタは会釈をし、前を向く。

そしてミフユもロゼッタの後ろで深呼吸をした。

こうして外からの入場する事を望んだのは実はミフユであった。

春という事もあり、どうしてもこの桜を眺め、そして見守られながら入場したかったのだ。

今思えば白いドレスといい何か婚礼の儀式のようだ。普段であれば前にいるロゼッタに「なんか結婚式みたいね!!」なんて軽口を叩けるのだが流石に自重する。

けど、これから国を支え国と共に生きていく儀式をするという意味ではあながち婚礼の儀式も間違いではないか…と心の中で呟く。

やがて大聖堂の中ではパイプオルガンの音色が流れ始める。いよいよだ。

音色が聞こえてきてから数十秒か数分かわからなかったがミフユはとても長く感じた。

そして目の前の扉が開いた。

ロゼッタが一歩前へ踏み出し、入場前に深々と一礼をする。

そして同じようにミフユも一礼。

美しい音楽を聴きながらミフユはゆっくりとロゼッタの後をついていく。一歩ずつ一歩ずつ。凛とした表情を崩さないように。

見知った顔をみつけるとどうしても笑顔を振りまきたくなるが、我慢。

そしてやがて祭壇前の二つの椅子がある場所のもうちょっと手前まできたところでロゼッタは立ち止まり周りに礼をし、最後にミフユに振り向き一礼をし、その場からはける。

一人になったミフユは父の待つ場所までゆっくりと歩く。やがて父の前にたどり着き二人で祭壇の方へ一礼し、着席する。

そして大主教の祈祷がはじまる。

その祈祷中ミフユの中で今まで生きてきた風景が走馬灯のように駆け巡った。

 

-本当に色々な事があった。語りきれないくらい。

これまでの人生、私は幸せだったと思う。いい人たちに囲まれて。それはやはりパパやママ、モノさんたちの尽力。そして他国の協力あってこそだったと思う。

でなければこんないい環境で私は育つ事ができなかった。

これからは私が後を継がなければいけない。パパと同じように…ううんそれ以上にいい国にしなければいけないし、してみせる。

だから皆、私に力をかしてね。…そしてこの国を創った偉大なシェンヴィンター様。あなたの力を少しでもいいので私にわけてください…-

 

祈祷が終わる。

ミフユは立ち上がり、大主教の元へと歩く。そしてミフユが目の前へ来ると大主教は法衣をミフユに羽織らせ、宝剣などを与えた。

そしてその儀式を終えるとゾマーグはミフユの隣へと向かう。

大主教はゾマーグの元へ王冠を運ぶ。ゾマーグはその王冠を受け取り、ミフユの方へを向く。

ミフユも同じようにゾマーグの方へと向き、そして跪き手を組み、祈りを捧げながらその時を待った。

国王はその手に持った王冠をゆっくりと王女の頭上へと運んでいく。

そして国王は王女に

「今からお前がこの国の王だ」

と言いながら王冠を授けた。

それまで静かにしていた来賓たちであったが、ミフユの頭上に王冠が乗った瞬間に何かが弾けたのかもの凄い拍手と歓声に包まれた。

サクラやロゼッタ、一部の来賓は涙を拭っていた。

そしてこの瞬間王女ミフユはレグルス王国五代国王となった。

 

やがて戴冠式も終わり、ミフユは外にいる民衆の元へと挨拶に来ていた。

もの凄い歓声の中で笑顔で手を振り答えるミフユであったが、その祝福ムードも一人の兵士によって遮られる。

「じょ…女王陛下!! ぶ…無礼を承知で失礼いたします!!」

「どうしたの? そんなに慌てて」

ただならぬ兵士の様子を感じ取り、その兵士の話を聞く。

「き…北の森の方角から我が国に向けて魔獣の群れが押し寄せてきます!!」

その兵士の発言に一瞬静寂が訪れる。

人々はなぜ魔獣の群れがこの王国に? と思う人がほとんどであった。それはそうだ。魔獣には意志もなければ群れを成して行動するなんて事はしないのだから。

しかしミフユは昨今の異変の事もありすぐさま対応する。

「モノさん!! 騎士団まとめてすぐ北門の防衛を!!」

「かしこまりました」

「スーちゃん!! 先に行って様子見てきて!! なんならそのまま殲滅してちょうだい!!任務を終えたらもちろん今夜は飲み放題よ!!」

「ほいきた!!」

その言葉につられて鳥形態になっていたスティンガーはピューっと飛んでいく。

「ロゼッタは街の人たちが混乱しないように従者部隊率いて対処して」

「かしこまりましたわ」

異変を感じかけつけた他国の者たちも何か手伝える事はないかと言ってきたがミフユはそれを断った。

確かにリヒトやシエルたちの力を借りれば早く収束できるかもしれないが、今日この日だけは自分たちでなんとかしなければならないと思った。

もちろん命にはかえられないのでどうしようもなくなったら力を借りる気ではいるが。

「落ち着きなさい…あとは何をすればいい…」

「お姉さま…ルンは??」

「え? ルン…そうね…私と一緒に…いやでも…」

ミフユは悩んでいた。本当はいの一番に戦場に駆け出し、敵を蹴散らしたいのだが、一国の主がそんな簡単に最前線に出ていいのか。

しかしそんな事を悩んでいた時にゾマーグがミフユに言った。

「なーに悩んでるんだよお前は。確かに一国の主が命を落とすなんてあっちゃいけねぇ…けど別にお前一人で戦う訳じゃねぇだろ?? 危なくなったら逃げりゃいいんだよ。

前線で戦ってこの国護りたいってのがお前の王様としての意志ならそれを貫き通せばいいんだよ」

「パパ…」

「ゾマーグの言う通りじゃぞミフユ!! 王様はもっと欲張らんとな!! 縮こまってちゃ守りたいものも守れんぞ!!」

「そう…そうね!! ありがとうパパ、おじい様!! …ルン一緒に行くわよ!! 援護しなさい!!」

「うん!!」

そう言って駆け出そうとしたところでミフユはコテツに呼び止められる。

「ミフユ、ちょいと待て。これは後で祝いで渡そうと思ってたんじゃがの…っと」

そう言いながら細長い紫色の袋をミフユに渡す。ミフユの身長とまではいかないが結構長い。しかしミフユは手に取った瞬間中身が何かわかった。

そしてその袋から取り出すと一振りの太刀が入っていた。

濃い紫に塗られた美しい鞘には桜の花びらの装飾が施されていた。

「お前うちの国の刀匠が作った太刀ほしいって言ってたじゃろ? 最高傑作持ってきてやったわい。お前のためだけに打った太刀じゃ」

「ほんとに!? いいのこれ!! すごい!!」

ミフユは刀を鞘から抜きその刃を見る。どこか妖艶な感じのする美しい波紋の乱れ刃である。

「この子の名前は??」

「ハッハッハ!! 刀にこの子とはおもしろいの。名は『木花咲耶(コノハナサクヤ)』…『神刀・木花咲耶』じゃ」

「木花咲耶…よろしくね」

ミフユがそう言うと、それに答えたかのように刀身が黄金に輝いた。

「え!? 何今の!!」

「それが神刀と呼ぶ所以じゃ。その刀は所有者の意志に答える。我が国を創造した竜の力が宿っておる…キサラギの血筋でしか扱えぬものじゃ」

「そうなんだ…おじい様ありがとう!!」

「なーに!! いいって事よ!! さぁ!! 行ってこい」

「それじゃあルン、行くわよ!!」

ぼけーっと凄いものを見ていたルンが声をかけられはっとなる。

「はっ!! うん!!…あ…ルン武器ない…」

「ルン様、こちらに」

すでにロゼッタが用意していた。

「ありがとー!!」

そうしてレグルス姉妹は戦場へと駆けて行った。

「ありがとうございます義父上」

「いいんじゃよ、可愛い孫娘のためじゃ。あの子の力では普通の刀ではすぐ壊れてしまうからのぉ…我が国の守護竜…その牙の欠片が入った鋼ならそうは折れまい」

「しかしちゃんと輝いてくれてよかったですね」

「あぁ…あの子はルンと違って魔族の血の方が濃いらしいからな…どれだけキサラギの血があるか心配だったが…やはり刀身にお前の血を混ぜて正解だったかの」

「かもしれませんね。なんにせよあの刀がこの国を、ミフユ自身を護るものになってくれれば」

「そうじゃな」

 

姉妹が北門に到着するとモーゼス率いる騎士団が護りを固めていたが、スティンガーの力によってまだ一匹たりとも魔獣は北門まで到達してなかった。

「モノさん!!」

「おやミフユ様…それにルン様」

「状況は??」

「スティンガー様のおかげでこちらまで魔獣はきませんね」

そう言われミフユは目を凝らし土煙の上がっている方向に目をやる。

「おらー!! 全然ものたりねぇぞー!! もっと本気出したらどうですかー??」

通じる訳もないのに挑発しながら暴れまわっているスティンガーが見えた。

「あー…スーちゃん楽しそうねー…」

「はい、これならスティンガー様に任せておけばよろしいかと」

「そう…ね…」

ウズウズ。

「行っていいですよ」

モーゼスが笑顔でミフユに告げる。

「え!?」

「戦いに行きたいのですよね?? その背中の素晴らしい一振りを試したいのでしょ??」

「うん」

「行ってらっしゃいませ。あとでその太刀見せてくださいね」

「うん!! ありがとう!! ルンはどうする??」

「行くー!!」

「よっしじゃあ行くわよ!!」

そう言いながらミフユは戴冠式のままの純白のドレスで一振りの太刀を背に携え、魔獣のもとへ突進していった。

 

森の奥からぞろぞろと数十匹の魔獣が群れをなして襲い掛かってくる。

人型になったスティンガーはあらゆる攻撃をかわし、攻撃に転じる。拳や掌底打ち、蹴りなど様々な体術で敵を倒していく。

打撃技であるものの、殴り飛ばすというよりはその威力から攻撃を受けた魔獣は跡形もなく吹き飛び消滅する。

「オラオラー!! 今日は旨い酒飲めそうだからちょっと気合いはいっちゃってるんですよねー!!」

魔獣はそのするどい爪でスティンガーに襲い掛かるも当たらない。そして逆に拳をめり込まされ肉体が吹き飛ぶ。

「・・・ってかちょっと多くね?」

結構倒したはずなのだがあまり減っていない。流石にちょっと面倒になってきたので大技をぶち込むかと思った瞬間にミフユの声が聞こえた。

「ちょっとー!! 私にも得物とっておいてよ!! 今一気に殲滅しようとしてたでしょー!!」

「なんだお姉さまきたの?」

「きたわよ、暴れたいもん」

「暴れん坊女王」

「なによそれ」

今まではスティンガーだけを狙っていた魔獣たちがミフユとルンの到着により、そちらにも目を向けた。

「何見てんのよ…魔獣のくせに。…ってか魔獣ってこんなに意識っていうかそういうのあったっけ?」

「いや、ないはず」

「まぁいいわ。とにかく今は殲滅!! ルン!! 挨拶がわりに一発撃ち込みなさい!!」

「はい!!」

そう言うとルンは矢をを構える。ルンの得意とする武器は弓矢である。普段訓練ではよくスティンガーに怒られているものの、弓兵としての腕は相当なものである。

ルンは一匹の魔獣に狙いを定め、力を溜め、そして矢を放った。その華奢な体からは想像もできないようなとてつもなく速い矢が魔獣の体を貫く。

そしてその矢は貫通し、後ろにいた数体の魔獣も一気に貫いた。

「弓の威力だけはすごいんだよなぁ…」

スティンガーはポツリと呟いた。

そして他の魔獣がやられたのをみて魔獣たちはミフユたちに向かって一気に攻めてきた。

「さぁーて私の愛刀ちゃんのデビューよん♪」

そう言ってミフユは鞘から太刀を抜き構える。するとその刀身はまたも黄金に輝いた。

「なるほどー。私のテンションによっても光り方かわるのかしら?」

魔獣たちが数体跳躍しミフユに向かって爪を伸ばす。ミフユはその魔獣たちに向かって太刀を片手で振るった。

「ふん!!」

ズバシャ!!

襲ってきた魔獣は全て横一閃され真っ二つになり、そして黄金の光に触れ消滅した。

「え…なにこの切れ味っていうか手ごたえ…」

「すごーい!!」

思わずルンが言葉を発していた。

しかもミフユは我慢できずに結構な力で刀を振るってしまった。いつもならばこのくらいの力で魔獣を斬るとその力に耐えきれず刀は折れるか刃こぼれを激しくしてしまう。本人は技術不足と言うがそれが原因だけでもない。それくらいミフユのパワーは規格外なのだ。

この太刀はこの規格外のミフユのパワーでも刃こぼれ一つしていなかった。

「まったくお爺様…なんて素晴らしいもの私にくれたのよ」

ミフユの鼓動が高まった。

「おいおいなんだあの武器は…チートか??」

ホジホジ。お鼻のお掃除をしながらスティンガーは片方の手の裏拳で魔獣を粉砕する。何がチートだ。

こうして三人は意気揚々と魔獣狩りを楽しんだのであったが、全ての魔物を跡形もなく消し飛ばしたので、なんの調査もできなかったと帰還したあとにハルカにぶつぶつと文句を言われた。

 

 

魔獣たちが現れた薄暗い森の中でひとつの紅い影があった。

「ふーん…あのお姫様たち中々やるじゃん。…それにスティンガー…久しぶりに戦ってる姿を見たけど、力は衰えてないようだね…今すぐにでも…おっと我慢我慢…。とりあえず実験は成功かな。コントロールはできた。あとはもっと個体を強化できたらいいかな。戻って報告だね」

紅い影は森の中から姿を一瞬で消した。

 

 

夜になりレグルス王国は盛大にお祭り騒ぎをしていた。

王国全体で女王誕生のお祝いをしていたのだ。

魔獣を討伐したミフユたちもお風呂で体を清め、着がえてお祭りに参加していた。

スティンガーはすでにコジロウたちと一緒に呑みまくっていた。

「お師匠!! いやー!! 流石でした!! めちゃくちゃかっこよかったです!!」

「おう、知ってる…ぐびぐびぐび…ぷはー!! うめー!!」

「おや、スティンガー様。もう結構呑んでいらっしゃるのですね」

「おーモノさんー。モノさんも一緒にどうです?」

「はい、いただきます。それよりもそろそろはじまるみたいですよ?」

「はじまるって何が??」

スティンガーがそう言うと急に王国広場の光が消え、特設されたステージにのみスポットライトが当たった。

そこには先ほどまで純白のドレスで太刀を片手で振り回し、笑顔で魔獣を殲滅していた女王が今度は紫色のドレスを着てそこに立っていた。

すると後ろに控えていたオーケストラが演奏し始め曲が奏でられていく。

ミフユは柄のついた拡声用の魔石を手にバラードを歌い始める。

客席の前の方では何やら見た事あるメンツが『お姉さまLOVE』という幕を手に持ち眺めている。

ミフユは特に歌が得意な訳ではないが歌う事自体は好きなので、祭りなどがある時はこうやってコンサートを開いたりするのである。

やがて静かなバラードが終わると拍手と歓声が沸きおこる。

「おねーさまー!! きゃー!!」

などという黄色い歓声…聞き慣れた歓声も聞こえる。

『みんなー!! 今日はありがとねー!! これからこの国の女王として頑張っていくから皆もついてきてねー!!』

そのミフユのパフォーマンスにますます観客のボルテージも上がっていく。

「きゃー!! お姉さまー!! 踏んでー!!」

こんな歓声が聞こえて思わずスティンガーはコジロウに突っ込んだ。

「おい、今の歓声は絶対おかしいやろ」

「す…すみません」

なぜかコジロウが謝る。

『ゆったりとしたバラードもいいけど、やっぱりもっと激しい曲もいいわよね!!』

ミフユがそう言うと、オーケストラ隊の一部がヴァイオリンなどの弦楽器を置き、魔石のついたギターをかき鳴らしはじめた、そのギターは普段の音色と違い、歪んだ音を奏で、何やら胸の奥が振動で震えるようだった。

『さぁ盛り上がって行くわよー!! 次の曲はミフユちゃん作詞!! 作曲は妹のルンと一緒にやったこの歌を聴いてちょうだい!! 「Violet Heart」!!』

この女王ミフユのコンサートは夜通し行われ、大いに盛り上がった。

今後このレグルス王国がどうなっていくかはわからないが、ミフユは父とはまた違う方法で人々を導く存在になっていきたいと心に刻んだ夜でもあった。

 

 

 

 

-女王のコンサートが開かれる少し前の時間・アイリーン王国城下町のとある酒場-


「レグルス王国の新国王ねぇ…」

黒髪で肌は褐色の獣人の女性が肉を片手に一枚の紙に書かれた文字を読んでいた。その紙にはどうやら最近の色々な情勢などが書き起こされていた。写真などはなく、文字だけびっしり書かれていた。

「なぁ、本当にこんな国頼りにすんのかよ?」

その獣人は目の前に座っていた女性にそう話しかける。

向いに座っていた女性は獣人の女性とは対照的に透き通る白い肌に銀色の頭髪でその雰囲気は高貴な貴族のようにしなやかであるが、どこか尊大な感じであった。

「もちろんだ。レグルス王国はこの世界の中心だからな。…しかし少し間違っているぞ」

話し方のわりにすごく可愛らしい声をしていた。

「あぁ?何が間違ってるってーんだよ」

「頼るのではない、我々が利用するのだよ」

「あーはいはい」

「なんだねその返事は」

「世界の中心の国をどうやって利用するんだよ」

「ふふふ…それは私に考えがあるのだよ」

「考えねぇ…」

黒髪の獣人はそう言いながら肉にかぶりつく。獣人の方はとにかく不作法でありったけの肉を食らっていたが、銀髪の女性はは魚肉のソテーなどをしっかりとした作法でちまちまと食している。

「しかし我々も今はこうしてのんびりと食事をしているがいつこの地にも追手がくるか…」

「まぁそうだな…あちらさん側の欲しい物を持って逃げてきた訳だしな。つーかそもそも不法入国だし、いつ誰に追われるかもわからねぇな」

「そうなのだよ。とにかくここへたどり着くまでかなりハードであったからな。少し休息をとり栄養をつけたらすぐにでもレグルス王国へ向かおう」

「だな」

何やら不穏な言葉をいくつか並べていた白と黒の二人組であったが今はしばし休息をとるのであった。