レグルス王国。この広いレーヴェ大陸の中心に存在し、世界で唯一大魔晶石を有している王国であり、まさに世界の中心になっている国である。
実はまだ建国されて200年ほどの国ではあるのだが、歴代の王族が文献をほぼ残さなかった事、王家が代々王国の事を伝えてこなかったなどという事もあり建国されてからの年数などは詳しくは知られていないのである。
『シェンヴィンター=レグルス』
人間の強すぎる欲望によって起きた人間と魔族の大戦争の中、彼女は魔族でありながら人間の味方についた。
彼女は戦いの中、常にこう口にしていたという。
「全ての人間が悪というわけではない。魔族だって同じだ。正しい者もいればどうしようもないクズもいる。なのにそれをすべて滅ぼすというのは間違っている。滅すべきは人間ではなく悪しき心を持ったものではないのか?」
人間も魔族も愛していた彼女らしい言葉であった。しかしそれを理解する者は多くはなかった。かつて人間界に脚を踏み入れ、己の知識を人間に教えた魔族。そしてそれに感謝し、知識と文化を魔族に与えた人間。一度亀裂が生じてしまったこの二種族は良好な関係には戻れなかった。
この戦いは長きに渡った。魔族軍が断然優勢であるはずであったが次期魔王候補と言われ四天王の一人でもあったシェンヴィンターは魔族にも厚い人望があったため、彼女と一緒に人間のために戦う魔族も多く、戦闘に優れた魔族が人間側についたのも大きな要因であった。
これ以上の戦いは魔族にとってもプラスにはならないとなり魔族軍の長と人間側のリーダーであったシェンヴィンターは話し合いを続けた。
結果的にこの戦争は大魔晶石と魔石を使い、人間界、魔界の全てを掌握しようとした人間の断罪と大魔晶石の破壊。そして魔族は魔界に帰り、人間界とつなぐ扉を完全に閉じるという事で収まった。
しかしそれでは人間の発展も止まってしまうと考えたシェンヴィンターは自分が管理するという条件で自ら作り出した大魔晶石だけは残したいと申し出た。
魔界の王からの信頼も厚かったのでその条件ならばと許可を経て彼女は人間界に残る事になったのだ。
弱肉強食の魔界に疲れ、人間界に残った魔族もいたのだが、ほとんどの魔族は大魔晶石の破壊と大罪を犯した一部の人間の断罪を終えた後、魔界に帰って行った。
そしてシェンヴィンターは大魔晶石を護るためにひとつの国を創る事にした。
『魔界の獅子』の異名を持っていたシェンヴィンターはその大魔晶石に獅子の心臓を意味する『レグルス』という名をつけ、国の名も『レグルス王国』と命名した。
そしてその国と大魔晶石を護り続ける者として自身の名も『シェンヴィンター=レグルス』と名乗るようになった。
人間とは違い寿命が極端に長い魔族のシェンヴィンターは数百年自分がこの国を護っていくという決意をもっていたのだが、それも人間の男性と恋をする事によって変わっていった。
レグルス王国をつくり、シェンヴィンターが認めた人物達にレーヴェ大陸の数か所に国をつくらせ、数十年で現在の世界のシステムの礎を作り上げた彼女は少し疲れていた。そんな時に支えてくれた人間の男性に人生ではじめての恋を経験して後に結ばれる事になる。
人間との子を授かった彼女だが、時の流れというものは残酷である。魔族とは違い、人間は老いていってしまう。
時が経ち、生を全うした最愛の男性を失ってしまった彼女はかつての決意を捨て、息子にレグルスの全てを任せ愛した人の隣で自らの命を断った。
長い間この世界を支えていた人物を亡くし、世界は悲しみ包まれた。
母の功績を汚すまいとその息子もなんとか奮闘するが、シェンヴィンターほどのカリスマ性はなく徐々に衰退していった。
しかも国を護るプレッシャーや激務に体がついていかず、40という若さでこの世を去る事になる。
だが彼にも一人の幼い息子がいたのでレグルスの血は途絶える事はなかった。
幼くして三代目レグルス王になった人物はミフユたちの祖父にあたる人物なのだが、そもそもその祖父の母親に問題があった。
そう、それはかつて世界を戦争へと発展させた醜い人間と同じ志向の持ち主だったのである。
二代目レグルス王に近づいたのも自分が権力者になりたいがため、二代目を殺したのはこの女だ。などという噂も絶えなかった。
世界をいずれ掌握するのはあなたと教育されてきた三代目は成長するにつれそれを実行していく。
他国への侵略、戦争を繰り返し、かつてシェンヴィンターが護ってきた国は事実上崩壊する。
歳月が流れ、自分を育てた母が死んだあとも三代目のやり方は変わらなかった。しかし世界の全てを掌握するというやり方は自らの息子によって潰される事になるがそれはまた別の話で語ろう。
ミフユとルンの父であるゾマーグは父を追放し自ら四代目レグルス王と名乗る。その輝きと人柄はかつてのシェンヴィンターと瓜二つであった。
絶えまぬ努力と彼を慕う人々の協力のおかげでかつてのレグルス王国の輝きを取り戻していき、なんとか世界も平穏へとむかっていった。
やがてサクラと結婚しミフユが産まれるのだが、実は初代が亡くなった後、はじめての女の子が王家に誕生したのである。
そして近々、このレグルス王国に二人目の女王が誕生する事になる。
-レグルス王国修練場-
「はぁぁぁっ!!」
ロゼッタの拳がミフユの顔面に向かって伸びていく。
「ふっ…!!」
寸でのところでその拳をかわし、今度はミフユが左拳をロゼッタの顔面に叩き込もうとする。
しかしロゼッタは腕でガードし、さらに衝撃を和らげるためにいなす。
「やるわね!! ロゼ!!」
「ミフユ様こそっ!!」
そう言いながら二人は朝の修練での組手を続ける。色々な掛け声とともにミフユは拳を繰り出し、ロゼッタは蹴り技も織り交ぜ、そしてミフユは避け、ロゼッタはいなす。
そんな攻防が数分続いた。
そして二人は一旦間合いをとり、構え直す。そして一気に間合いを詰め、拳を突き合わせる。
「「はぁぁぁぁぁ!!」」
拳と拳はぶつかり合い、衝撃波が生れる。しかし均衡していたせいで拳を合わせたまま力比べになる。
「ぐぬぬぬ…じょ…女子力ぅぅぅぅぅ!!」
ドゴーン!!
「きゃぁっ!!」
そんな掛け声とともにミフユはそのパワーでロゼッタは吹き飛ばす。
「あいたたた…さ…流石ですわね、ミフユ様の女子力は」
起き上がりながらそう告げるロゼッタにミフユはふふんと鼻をならしながら「当然でしょ♪」と答える。
「しかし徒手空拳はわたくしの最も得意とする分野ですのに、こうも負けてしまうとは」
「いやいや、まともにやったら素手じゃロゼには敵わないわよ。最後だって私に付き合ってパワー勝負してくれるから私勝てるだけだし」
「まぁ…力技が得意な相手に真っ向からの勝負は実戦ではしないのは確かですわね」
「でしょ?私もロゼの技術とかモノさんの剣術とかもうちょっと近づけるといいんだけど…」
「ミフユ様には誰も真似できないお父様譲りの女子力…もとい。お父様譲りのパワーがあるではありませんか」
「まぁそうね…確かに性格的にも真っ向から吹き飛ばすのが合ってるかも」
「それに、ミフユ様はかなり回避能力高いですし」
「あぁ…パパに武術習い始めた頃一番最初に叩き込まれたからね…」
「そうなのですか??」
「うん、なんかママに後から聞いたのだけど、女の子の綺麗な肌に傷を付けさせるわけにもいかない。でも俺の娘なら武芸も達者でなければいけない。だから避けるという事をまずは徹底的に叩き込む。って。まぁおかげでなんか修練とかでも自然に避けちゃうから打たれ弱くなってる気がするけど」
「あぁ…なるほど。ではミフユ様がお綺麗な肌を保っていられるのは獅子王様のおかげなのですね」
「まぁそういう事になるかしら。ルンも叩き込まれたんだけど、あの子ママに似てどこかおっとりしてるから避けるっていうより逃げるって感じになってるわね」
「ふふふ。ルン様らしいですわね。でも逃げる事も大切ですし、今のルン様のスタイルにはあっているのではないでしょうか?」
「結果的にそうなったわね」
修練場で汗を拭きながら二人は和気あいあいと会話をする。するとそこへモーゼスがやってくる。
「おや、お二人とも今日はいつもよりお早いのですね」
「モノさんおはよう。結構早くやってたはずなのにモノさんはもっと早いの?」
「モーゼス様。おはようございます」
「おはようございます。そうですね、もうちょっと早くから済ませてしまってますね」
執事の朝は早いのでと笑顔で付け加える。
執事であり騎士団長でもあるモーゼスの一日は確かに忙しい。おそらく今も別の修練場での騎士団の修練を終えてきたのだろう。それでも尚自分の修練を欠かさないのだからすごい。
「さて、ミフユ様。3日後には戴冠式を控えているわけですが…心のご準備できてます?」
「できてるわけないじゃない…でもまぁもう諦めてるわよ。色々」
「そうですか」
モーゼスはいつも通りの笑顔で答え、さらに続ける。
「本日はアイリーン王国とブランリス王国の戴冠式出席の代表者の方々がいらっしゃるという報告をうけています」
「あら?そうなの?両国とも近いし当日に来ると思ったのだけど…」
「その代表者が両国とも姫君なので…どうやらこちらに早く来たいという事らしく」
「あぁ、そうなのね!!楽しみね」
戴冠式出席の代表者。本来であるならば、各国の国のトップなどが総じて来るものではあるのだが、現在は魔物の活発化など懸念すべき事態が多々発生しているため、レグルス王国側から出席者はその国の地位問わず、代表者のみでいいという旨を伝えたのだ。
モーゼスからの報告をうけ、今日一日のスケジュールを教えてもらったミフユはロゼッタと共に鍛錬でかいた汗を流すために浴場へと向かって行った。
修練場で一人残ったモーゼスは壁に掛けてあった一本の木刀を手に取り、構え、精神を集中させる。
全ての雑音が消え静寂の中、モーゼスは木刀を振り上げ一気に振り下ろす。
「ふっ…!!」
空気を斬る音とともにまた静寂が訪れる。
かつてまだ少年だったモーゼスはすでに剣士として武者修行の旅をしていた。しかしある縁がきっかけで現レグルス王妃、サクラの故郷である東国に王家の護衛役として仕える事になった。
まだ10歳になったばかりの少年が王家の護衛というのは驚愕されたが、大人を圧倒する剣術の腕前であったためにみな納得していた。
しかし当時三代目レグルス王が率いていたレグルス軍に東の国は攻められてしまう。勢いのあったレグルス軍に圧倒されてしまい悲運にもサクラの母である王妃を護りきれず殺されてしまい、挙句の果てにはサクラすら人質に取られてしまった。
サクラは獅子王が救う事になり結果的にその出会いがきっかけで二人は結ばれる事になる。
モーゼスはその時共に戦った獅子王ゾマーグの勇士が目に焼き付いていた。
侵略などを繰り返していたかつてのレグルス王国はもちろん許せはしない。しかしこのゾマーグの創る王国というものを間近で見てみたいという気持ちが芽生えた。
そしてゾマーグとサクラが婚約し、サクラがレグルス王国へと向かう時に自ら志願してレグルス王国に仕える事になった。
もちろんサクラの母を護りきれなかったという罪悪感と罪滅ぼしという気持ちもあり、自らを犠牲にしてもサクラを護るという気持ちもあった。
やがて月日がたち、レグルス王国の復興などに尽力していたモーゼスは王国にとってなくてはならない存在になっていた。
そんな時にゾマーグとサクラの間にできた子。ミフユが産まれた。この時モーゼスは14歳であったがすでに大人よりも大人びていた。
初めて産まれたての幼き命を目の前にした時は感動を覚え、この命こそ自分が護らねばならないものだと心に刻んだ。
ミフユが産まれてからはサクラとミフユの専属の護衛や侍女たちと身の回りの世話もしていた。この時の経験が後に完璧執事へと成長させていくのである。
ミフユが産まれてから21年。随分と時が経ったがあっという間の出来事であった。色々と問題も起きたりもしたが平穏にすごせてきたのではないかと思う。
幼き日のミフユには色々と手を焼いた事もあった。貴族の少し意地悪なお子様に対してすぐ武力行使をしたり、勝手にお城を飛び出して冒険したりと…。
「そのミフユ様がレグルス王国の女王に…」
色々と思うものがあった。しかし現在世界に不穏な空気が流れている。自分の役目はこの国を、王家を護る事である。
今一度モーゼスはその事を決意と共に胸に刻み、振り上げた木刀を鋭く振り下ろした。
朝食などを済ませたミフユは妹のルンを連れて戴冠式の会場である『シェンヴィンター大聖堂』にきていた。
この世界、特にこの王国では遥か昔に魔族と敵対していた神々を信仰するという事はしない。魔族の力なくしてはこの世界は作られなかったからだ。
とはいえ大々的に魔族を崇めて信仰しているわけでもない。
初代レグルス王であるシェンヴィンターの名前をつけた大聖堂も崇め奉るというよりはこの世界のために尽力してくれた彼女に対しての感謝の気持ちとして、彼女亡き後人々の手によって作られたものであった。
大聖堂の中には巨大な女性の像がある。シェンヴィンターを模した像だ。
約200年経った今、語り継ぐ者も文献なども無く、シェンヴィンターがどれだけの事をしたのか知るものはいない。
ただこのレグルス王国を創った魔族というくらいの認識しか持ち合わせていない。
しかしレグルス王国に産まれた者たちは幼き頃からシェンヴィンターに感謝し祈りを捧げるという事を教えられる。
シェンヴィンター無くしてはこの世界はなかったという事だけはずっと言い伝えられてきたので他国でも祈りを捧げる者も多い。
もしかしたら過度な信仰をしている人々もいるかもしれないが今のところそういった者たちの目立った行動はない。
結局はこの世界のために頑張ってくれたので感謝しているが何をした人かは今いちピンときていないのだ。
恐らくこのシェンヴィンターがどういった人物で何をしてきた者なのか、現在この世界に存在するものとして知っているのは一人だけであろう。
姉妹が跪きシェンヴィンターの像に向かってお祈りを捧げている中、使い魔のスティンガーはルンの頭の上でずっとその像を見つめていた。
珍しく真面目な顔で何かを考えていたが、やがてお祈りが長くて飽きたのかルンの頭をそのくちばしでつつく。
「いたーい!!」
そのルンの声にミフユは祈りを止め、ルンの方に振り向く。
「ちょっとスーちゃん、まだお祈りの途中よ」
「そーだそーだ!!」
ちょっと涙目のルン。割と痛かったのだろう。
「なーにがお祈りだ!! こんな像に祈ってどうすんだよ!!」
「私も思うけど、そういう風習なんだもの仕方ないでしょ」
「…いや。俺様からふっといてなんだけど、もうすぐ女王のお前が言っていいのか? それ」
的確なつっこみだった。
そもそもミフユはこの像が気に食わなかった。それはこのシェンヴィンターを模した像が自分に似ているからだ。もちろん純粋な魔族であるシェンヴィンターの方が目つきも鋭く、どこか野性味を感じさせるがそれでもミフユにとても似ていた。
子供頃からここの司祭などからはいずれシェンヴィンター様のようになる。そして成長したら本当に似てきたので生まれ変わりだのなんだの言われる。
ミフユにとってはそれはとても鬱陶しい事であった。
しかしルンはこの像が好きらしい。理由は「お姉さまに似てるから!!」らしい。如何にもルンらしい言葉だった。
そんな事でわいわい三人で話していると、大聖堂の扉の方から声が聞こえた。
「お姉さま!!」
その声に一同振り向くと綺麗なエメラルドグリーンの長い髪の毛を揺らしこちらに走ってくる女の子がいた。
「シエル!!」
ミフユはその女の子の事をそう呼ぶ。そしてこの女の子こそブランリス王国の王女『シエル=ルドゥーブル』である。ミフユとルンとは歳もそれなりに近い事もありお互いに王族という事もあるため、幼い時から親交があってとても仲良しなのである。
「シエルお久しぶり!! でも大聖堂の中で走ってはダメよ」
「はっ…申し訳ございません。私としたことが…」
流石にシェンヴィンター像の前でもあったのでシエルは像に向き一礼し、軽くお祈りをする。祈りを終えるとシエルは再びミフユの方を向き話始める。
「あ…あのお姉さま…」
「なぁに?」
「もっと走ったらもっと叱られます?」
「叱らない」
「お姉さまのいけず!!」
「相変わらずのMっぷりだなお前」
「はっ…スティンガーさんごきげんよう」
「俺様の事をちゃんと名前で呼ぶ数少ないやつでもあるよな…」
「そしてルンちゃん…」
「シーちゃん…」
「「きゃー!!」」
ルンとシエルが名前を呼びあいお互い両手で手を繋ぎぴょんぴょん跳ねている。ルンが跳ねるので頭の上にいるスティンガーももちろん縦揺れだ。
「ところでルン隊長」
「はっ…」
「最近のお姉さまは…」
「可愛い!!」
「ですよねー!!」
「なんだろう…褒められてる気しないのは…」
複雑な顔でポツリと言うミフユ。
幼い頃からミフユに懐いていた二人は『お姉さま親衛隊』なるものを結成して遊んでいた。年齢はシエルの方が1個上なのだが実の妹であるという事でルンが親衛隊隊長に任命された。出会う度に二人はこういったやり取りをしているが、あまりにも毎回同じやり取りなので最近ミフユはちょっと馬鹿にしてるのでは?と思っている。
まぁルンたちに限ってそういう事はないのだが。
「姫様!!こちらにおられましたか!!」
かしましく騒いでいるところにまた一人来客だ。年齢ははミフユと同じくらいの如何にも好青年という感じの男性だ。
「あ、コジロウ。やっときたの?」
「やっときたのって姫様…急に匂いがするって猛スピードで走っていったから見失いましたよ」
シエルにコジロウと呼ばれたこの青年はブランリス王国の見習い執事の『コジロウ=ダテ』である。
「よぉ、スーパーポンコツダメ執事」
「はっ!! 師匠!! お久しぶりでございます!!」
「誰が師匠じゃ」
このコジロウ、なぜかスティンガーの事を尊敬しており勝手に師事して師匠と呼んでいるが、スティンガーも実は悪い気はしていない。
「ミフユ様、ルン様もごきげんようでございます!!」
「言葉がおかしくなってるわよ…まぁ元気そうでなによりだわコジロウ」
「コジロウくんごきげんよう!!」
騒がしいコジロウの挨拶が一通り済んだところでシエルは佇まいを直し、優雅なしぐさでミフユの方を向き礼をする。
「久々の再会でしたので、少々取り乱してしまいましたがミフユお姉さま。この度は国王就任おめでとうございます」
「おめでとうございます」
シエルに続いてコジロウも頭を下げる。
「うん、ありがとう。まぁ適当に頑張るわ」
笑顔でそう答えるミフユ。
「それであの…や…やっぱりその…じょ…女王様っていう響きいいですよね?」
「はいはーいそうですねー」
「お姉さまのいけず!! でもそのあしらいも…くっ…」
ミフユはシエルの事を可愛がってはいるが、Mモードのシエルには少し冷たい。そういった趣味はないからだ。しかしシエルにとってはその冷たさもまたご褒美であった。
「あ…そういえばミフユ様。モーゼス殿が先ほど探しておられましたよ」
「あらそうなの?ありがとうコジロウ」
戴冠式での打ち合わせか何かだろうか。一同は城にいるモーゼスのところまで向かった。
「モノさん」
ミフユは城内で戴冠式へ向けての準備をしていたモーゼスに声をかける。
「ミフユ様、よかった。少々気になる事があったのですがこちらも手が離せなくて困っていたところでした」
「どうしたの??」
「実はですね、アイリーンのヴェルティア様なのですが…こちらが伺っていた到着お時間より大分経っているのですが未だに国境すら超えていないようで…」
「え…そうなの?」
ヴェルティアとはアイリーン王国の姫君の『ヴェルティア=アイリーン』である。ミフユの戴冠式に出席する代表者でという事でレグルス王国来るはずなのだが、到着予定時間を過ぎても音沙汰がないらしい。
「物見から逐一報告をさせるよう指示したのですが未だそのような影すら見られないとの事で少々気になりまして…」
「そうね…何かあったのかしら?」
「はい、あの方も一緒なので大丈夫だと思うのですが…」
「そっか、でも気になるわね…。よし!! じゃあ私ちょっと迎えに行ってくるわよ!!」
「いえそんなミフユ様直々に…と、言いたい所なのですが我々も現在持ち場を離れられる状況じゃないので…お願いしても?」
「もちろん!! まぁスーちゃんもいるし大丈夫でしょ」
「ま、しゃーねぇーわな」
「ルンも行くー!!」
「では、私もご一緒に。コジロウも来なさい」
「了解であります!! 姫様!!」
と、その場にいたスティンガー、ルン、シエル、コジロウがそれぞれ同行の意を伝える。
「ではよろしくお願いいたします。何かあればすぐに引き返してください」
「了解よ」
そう言いながら一同はモーゼスと別れ出立の準備をする。
-レグルス王国東門前-
「よし、皆準備はいい?」
太刀を持ったミフユは皆に声をかける。
「お姉さまたちもご一緒に馬車乗れますけど本当によろしいのですか?」
「うん、大丈夫よ。私とルンは『白雪』に乗って行くわ」
シエルに一緒に馬車に乗る事を進められたミフユだが、純白の愛馬の白雪の首を撫でながら答えると、白雪も嬉しそうにミフユに頬ずりをする。
ミフユは白雪に跨るとルンを後ろに乗せた。ルンはミフユの後ろに乗るのが好きらしく既にご機嫌である。
「それじゃあ行くわよ!! スーちゃんは先行してちょうだい!!」
「あいよー」
そう言うとスティンガーはピューっと飛んでいく。
その後を追うようにミフユは「ハッ!!」っと声をかけ、白雪は駆け出す。
「コジロウ!! 出しなさい!!」
「はいっ!!」
そしてその後ろから御者のコジロウがシエルを乗せた馬車を発進させる。
大体レグルスとアイリーンの国境まで馬を走らせ20分ほどであろうか。そして同時刻、その国境付近のアイリーンの領土内では一台の馬車を大勢の男たちが囲んでいた。
「そろそろわたくしを離してくださいませんか?」
くせっ毛の深い緑色の髪の少女ががたいの良い男につかまれながら呟く。
「だったら早く金を用意しろってんだよ!!」
そしてその男はイライラしながら発言する。
「だからあなた方には一銭も払うお金はありませんの」
「このガキ状況わかって言ってんのかよ!!」
男に捕まっている少女こそがアイリーン王国の王女『ヴェルティア=アイリーン』である。
しかしなぜこんな状況なのかというと遡る事数十分前、ヴェルティア達は少ない護衛を連れレグルス王国へ向けて馬車を走らせていた。
だが、国境付近になり急に武装した集団に襲われてしまう。お世辞にも強いとは言えないアイリーン王国の兵士はその集団相手に何もできずに拘束されてしまう。
なぜ一国の姫君をこんな少ない、しかも貧弱な護衛だけにしたかというのにも理由があった。
ヴェルティア専属の執事はかなり腕が達者であり、本来彼一人でヴェルティアを護る事が可能だからである。しかし不運な事にこの時ヴェルティアがミフユやルンのために用意した贈り物を自室に忘れたという事でその執事は一度アイリーン王国に戻っていた。
そして現在、執事が戻ってきた時にはもうヴェルティアは捕まっていたのである。
「私とした事が…油断してしまいましたね」
執事服を着た白髪の還暦を過ぎたくらいの男性が困ったように呟く。
この男性はモーゼスがあの方と言い、モーゼスも尊敬しているヴェルティアの執事『セバスチャン=メトル=フェアヴァルスター』である。
レグルス王国ではモーゼスを完璧執事と言う人々も多いが、給仕などに関してはもしかするとこのセバスチャンの方が上かもしれない。
剣術などの腕前、戦闘力や指揮力はモーゼスの方が格段に上なのだが。
だがそれでもこのセバスチャン、こんな盗賊集団に遅れをとるような男ではない。彼一人で本来突破できる案件ではある。
それにセバスチャンは最近領土内で盗賊集団が活発な動きをしているというのは頭に入っていた。自分が国から離れる。だからこそ腕の立つものを王国に置いてきた。
ヴェルティアに頼まれたら断れないという事とほんの数分でこの状況になるというのは確率的にものすごく低いと判断したので一度王国に戻ったのだがそれが裏目に出てしまい、結果的に判断を誤った形になってしまった。
「くそっ…ついてねぇぜ…ただの金持ちだと思ったらまさかお姫さまだったなんてよ…」
どうやらこの盗賊たちはヴェルティアだと知って襲ったわけではなかった。むしろアイリーンの姫だと知って一度顔面蒼白になった。しかし後戻りはできないと思ったのかとにかく金銭を要求してきた。
「おい、頭の良さそうな執事さんよぉ!! このお姫様を助けたきゃ今すぐ1000万ゴルト持ってこさせろ!!」
ヴェルティアを捕まえてるボス的な男はセバスチャンに叫ぶ。ちなみにゴルトとはこの世界のお金の単位である。
「すぐにでもご用意したいのですが…」
「ぜぇぇぇぇぇったいにダメですわよ!! セバスチャン!!」
「と、我が主がおっしゃっていますので…」
「なんなんだよ!! てめーらは!! 命が惜しくねーのか!!」
正直膠着状態であった。セバスチャンからするとさっさと1000万ゴルトを渡してヴェルティアが解放されたところを一網打尽にしたい。そしてセバスチャンの強さを知らない盗賊はお金をもらってさっさと全速力で逃げたいと思っている。
なのでどちらにせよこの場を動かすのはお金なのだが、ヴェルティアはそんな空気も読めず、悪に払うお金は一銭もないと言うばかり。
セバスチャンはその主の言う事を無視することもできないので会話も堂々巡りである。
『うーむ…どういたしましょう…私が攻撃に出たとしても私の実力ではヴェル様を無傷で救えるという保証はありませんし…』
もうここへ戻ってきてから20分ほど経ったであろうか、セバスチャンは心の中で呟き考える。するとそこへ一羽の鳥が降りてきた。
「なーにやってんだ? おめぇら」
使い魔スティンガーであった。
「え…鳥がしゃべったぁぁぁぁ!!」
「おじいちゃんしゃま!!」
驚く盗賊たち、喜ぶヴェルティア。
「これはスティンガー様ではありませんか」
「よぉ爺さん。で、なにしてんの?」
「正直助かりました。じつはかくかくしかじかで」
「ふーん。まぁそろそろおねーさまたちも来るしそっからだな」
とスティンガーが言うと、念話で事情を聞いたミフユが白雪を全速力で飛ばしてやってきた。
「ヴェルー!!」
「ヴェルちゃーん!!」
「ミフユしゃま!! ルンしゃま!!」
「な…なんだてめぇら!! 近づくな!!」
人が増えた事によって盗賊たちはうろたえた。しかし先ほどから気になるヴェルティアの『しゃま』。これは『様』を意味しているのだが、なぜ『しゃま』になってしまうのかは本人すらもわからないらしい。普通に『さ』という言葉を発する事はできるので滑舌の問題ではないのだろうが、『様』だけは言えない。謎である。
ミフユは白雪を止め、ルンと共に降りるとルンに白雪の手綱を渡し、ヴェルティアを捕まえてる盗賊たちを睨みつけ話はじめる。
「あんたたちその子が誰だかわかってこんな事やってるの?」
その言葉に盗賊の頭は「わかりたくねぇけどわかってるよ!!」と言い返す。
ミフユはその言葉だけで人質にとった後に気づいたのかと理解し、残念そうにため息をつく。
「はぁ…。どっちにしろあなたたちが助かる事はないわよ?今ならまだ刑は軽くなるわよ。ヴェルを返しなさい」
ミフユの言葉に盗賊の下っ端たちが動揺しはじめる。
「ど…どうしましょうお頭…」
「う…うるせぇ!! とっとと金をもってこい!! そうしたら返してやるよ!!」
面倒くさい。正直ミフユはこう思っていた。もうすぐ一国の主になる身。人間相手になるべくは武力行使をしたくはない…が、このまま長引くようなら仕方がない。
そう考えているとシエルの乗った馬車も現場に到着する。
シエルは馬車を降り、ミフユの元へ駆け寄る。
「お姉さま!! …ってヴェルちゃん!!」
スティンガーからの知らせを受けたミフユはシエルに状況を簡単に説明して先行していたが、まさかヴェルティアが男に捕まってその首に短剣を向けられているとは思ってもいなかったシエルは驚いている。
「シエルしゃま!! お久しぶりです!!」
「ヴェルちゃん…なんて羨ましい状況!!」
流石シエルである。しかしその後にこう続ける。
「あぁでも…状況は羨ましいですけど人は羨ましくないですね…私も誰でもいいわけではないんですよね。できればお姉さまとかモノさんがいいんですけど…」
「お前本当にすげーな」
ミフユが呆れてシエルを見ているとスティンガーは面白そうに言う。流石に盗賊の面々もおかしな奴を見る目で見ているがシエルはそれも少し嬉しかった。「ほんと誰でもいいわけではないんですよ?」とかまた言っているが。
「な…なぁお頭…さっきから少し気になっていたんすけど…」
「なんだよ」
「あのミフユって呼ばれてる女…もしかして…」
「あぁ? …うーん…。げっ!! お前もしかしてあの暴れん坊のレグルス王国の王女か!?」
ここでようやく盗賊たちはミフユの正体を理解する。「誰が暴れん坊よ」と不満そうだが、ミフユがもうちょっと若い頃は悪事を働くものは片っ端から自らの手で武力を行使し、捕まえていたので悪人の界隈では結構有名であった。
もちろん今では大人になりなんでもかんでも武力を使わなくなったのだが、実は今でもうずうずしている。
「で? その暴れん坊を目の前にしてどうする?」
「ぐ…か…金を…」
もってこい。そう言いかけたところでミフユが叫ぶ。
「あーもうめんどくさいわね!!もういいわよ!!」
急にキレ始めたミフユに「へ?」と驚く盗賊のお頭。そこに隙ができた。ミフユはその隙を見逃さず、セバスチャンの方に目を向け合図すると一瞬でお頭へと間合いをつめ、ヴェルティアに突き付けられた短剣を叩き落とし、ヴェルティアを奪い返し、「ヴェル、ごめんね!!」と言いながら片手で後方に放り投げる。
状況に追いつけないヴェルティアは「ほぇ?」と声を出す頃には宙を舞っていた。しかしそれを執事のセバスチャンが見事にキャッチ。
ミフユはそのままお頭の頭を片手で掴みその巨体を持ち上げアイアンクロー。
「誰が…暴れん坊で…馬鹿力ですってぇぇぇぇ!!」
「イデデデデ!! 馬鹿力は言ってない!!」
「お…お頭ー!!」
あまりに鮮やかな手際だったのでセバスチャンは「お見事です」と称賛し、シエルとコジロウも「さすがお姉さま」「べ…勉強になります」と盛り上がっている。
今度はお頭を人質にとられてしまった盗賊の下っ端は特に頭も良くないので「おのれお頭を離せー!!」とミフユに襲いかかってくる。
しかし一同はミフユの加勢をするどころか見守っていた。コジロウだけは一瞬加勢に入ろうとしたが、それもシエルに静止される。
使い魔のスティンガーも「俺は人間相手…しかも雑魚相手はしないかんなーファイトー」とか言っている。
襲い掛かってくる盗賊たちに向かってそのお頭を放り投げる。下っ端の一部はその巨体に押しつぶされる。
それでも武器を抜き向かってくる盗賊たちに対してミフユは背中に背負っている太刀は抜かず素手で応戦する。
ミフユに向け剣や斧を振ってくる盗賊だがそれをすべてかわし、一発ずつ拳を至る所へめり込ませていく。ミフユの馬鹿力…もとい女子力を前に耐えきれる男はその場におらず、一撃を食らった盗賊たちは次々と地面に這いつくばっていた。
やがて、ミフユへ向けた怒号などは聞こえなくなり、意識があるのは先ほど投げ飛ばされたお頭ただ一人になっていた。
拳をぽきぽきと鳴らしながら「さぁ~て…どうする?」と残虐な笑みを浮かべるミフユに恐怖した盗賊のお頭は震えながら土下座するしかなかった。
こうしてこの騒動は終止符をうった。
盗賊たちはその後、アイリーンの領地で問題を起こしていたという事もありアイリーン王国の騎士団に引き取られ連れていかれていった。
ミフユ御一行は色々話したい事はあったが、とりあえず夕暮れも迫っているのでその場を後にしてレグルス王国へと帰ってきた。
城に帰ってきた時にモーゼスとロゼッタがミフユたちの帰りを待っていたので、ミフユは少し嬉しい気持ちになる。
そして色々とその場で挨拶をすませた面々は玉座の間へと向かった。
「よく来てくれたな皆!!」
と声をかける獅子王に対して来客の面々は礼をする。その後色々な手続きを終え、皆で食卓を囲んだ。
モーゼスはセバスチャンとコジロウはスティンガーとそれぞれ談笑していた。ヴェルティアはなぜかハルカにべったりだった。
食事を終えたあともしばし宴会のようなものは続いていたがミフユ、ルン、ロゼッタ、シエルは大浴場へと向かった。一応ハルカやヴェルティアも誘ったのだが、ハルカはあとで一人でゆっくり入ると言い、ヴェルティアは今日の事件で疲れたのか既に居眠りをしていたのでレグルスの侍女に来客用の部屋へと連れて行かせた。
ちゃぽんっという音が響き渡る中女子たちは湯船につかる。
「ふぅ~!!」
ようやく一息つけたとミフユは伸びをする。
「あー…久しぶりのレグルスのおっきいお風呂ですぅ~」
シエルもうっとりとしていた。
「あなたのところもお風呂大きいでしょう?」
「そうですけど、レグルスのお風呂ってなんか違うんですよね…お湯とか」
「ふーん」
「大きいといえばお姉さま…また大きくなりました?」
そう言うシエルの視線はミフユの首よりも下に向く。
「さぁ?わかんない」
「くぅー!! 羨ましい!!」
「羨ましいって…あなたも結構大きいじゃない」
「そうなんですけどお姉さまのはこの…形!? 張り!? そしてこの少しの差も羨ましい!! ロゼちゃんも私より大きいし!! レグルスの食べ物ですか!?」
「はいぃ!? シエル様とわたくしそんな変わらないと思いますけど…」
そんなやり取りをルンはミフユ、ロゼッタ、シエル、自分と順番に見ていき
「ないっ!!」
と叫ぶ。その言葉に一同ルンを見るとミフユはシエルに向かって話す。
「ほらシエル、ルンに謝りなさいよ」
「あっ…えっと…ルンちゃん、ごめんね? …でもほら!! お姉さまがこんなに大きいのだからいずれ!! ね?」
「でもうちのママもないのよ」
「じゃあなんでお姉さまはそんなにたわわなんですか!!」
「なんでシエルが怒るのよ」
「格差社会はよくないですよ!!」
「あなたがそれを言っても説得力ないのよ…。いいのよルンはそのままで可愛いのだから」
その言葉にルンはにへら~とニヤニヤする。それに自分があるよりも姉があるほうがなぜか誇らしく嬉しかった。
「そういえば聞いてロゼ!!今日のお姉さますごかったんだよ!!」
ルンが思い出したかのように話しだす。
「そうだったんですの??」
「うん!! こうシュッとしてバンってやってポイっ!! でガシッ!! って!!」
身振り手振りでその状況を擬音だらけで説明するルンにロゼッタは「なるほど、それは鮮やかでしたね」と笑顔で答える。それに対しシエルは「え、今のでわかるのですか?」と疑問をぶつけるが、もうロゼッタもルンとは長い付き合いであり主の一人でもあるのでこういったルンの説明には慣れていた。
「まぁロゼとの毎朝の鍛錬のおかげで素手でも結構戦えるようになったわね」
「それはよかったですわ」
「うん、それにしてももうすぐ戴冠式かぁ…実感ないわね」
「ルンは楽しみ!!」
「ふふっお姉さま親衛隊の私たちからしたらついにきました!!って感じですよね? ルンちゃん」
「うん!!」
「気楽に言ってくれるわねほんと」
「でもお二人の言いたい事もわかりますわ。わたくしも」
「ロゼまで?」
ロゼのその言葉でうんうんと頷く親衛隊二人。
「ルンは何があっても大丈夫だとおもう!!」
「ですよね!!」
「一体なんの根拠があるのよ…」
「だってねぇ? ルンちゃん」
「うんうん、シーちゃん!!」
「ミフユ様まだおわかりにならないのですか? わたくしたちがなぜ期待し、何があっても大丈夫だと思う理由」
「わからないわよ」
「ふふっ…ミフユ様にもおわかりにならない事があるのですね」
と笑顔のロゼッタにミフユは急かす。
「早く教えなさいよ」
「そうですね、その理由は…」
そう言うとミフユ以外の三人は顔を合わせニヤニヤしたのち声をあわせミフユの方を向きこう答えた。
「おねーさまだから!!」「お姉さまですから!!」「ミフユ様だからですわ!!」
その言葉を聞いたミフユは驚きのあまり目をまん丸くさせ、すこし間があいてから呆れたような、でもどこか嬉しそうな笑顔で「なによそれ」と答えた。
お湯が注ぎ込まれる音と三人の笑い声を聞きながらミフユはとてもいい気分で湯船につかるのであった。
-北の国某所-
「実験はまずまずだよ」
雪に囲まれた城の中で紅の瞳と紅の髪をもつ青年が隻眼白髪の男に話しかける。
「そうか…では次のステージに進むとしよう」
「ふふっ…いいねぇ…でもそろそろ『カギ』も手に入れないといけないんじゃない?」
「あぁ…それもわかっている。しかし奴らも一筋縄ではいかん…やはり『カギ』を手に入れるためにも駒は必要だ」
「だよねぇ…まぁ僕もこの世界じゃ君の協力なしじゃ目的も達成できないし…今はなんなりと命令してよ…ふふっ」
「ふんっ…今は…か。まぁよい。実験を最終段階へと移行しろ」
「りょうかーい」
そう言いながら紅の影は姿を消した。
「ふんっ…この国の者どもも愚かな事だ…しかし最も愚かなものは…待っていろ…必ず後悔させてやるぞ」
世界の全てを白に覆い尽くすかの如く吹雪き荒れる景色を見つめる男の片目はまるで悪魔のようであった。